「あたらしいラプソディー」 二人でお茶を8
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『あたらしいラプソディー』 2023年8月20日発行 初版 2023年8月30日発行予定 第2版 40p/新書サイズ *性的なシーンがあります。購入はご自身でご判断ください。 大人花流「二人でお茶を」のシリーズ8冊目です。 書き下ろしの話になります。 引っ越す二人と新しい家族の登場です。 どうぞよろしくお願い致します。 表紙はペどんなさんに描いてもらいました。
Sample
1 二月の半ばの三連休を使って、俺は部屋探しに大分に来ていた。最初は流川のチームの練習場となる体育館から遠くないマンションを借りようとしていた。市内の住宅街にあって、近くにはスーパーやコンビニもある便利そうな場所だった。部屋数は今まで住んでいた家より一部屋多くてベランダも広かった。これならトマトとキュウリがけっこう育てられるそうだ。マンションを案内してくれた不動産屋と別れて、今のところにするかなあとほぼほぼ決めかけていたところへ、流川のチームのスタッフさんから連絡が入った。誰も住んでいない家を持っている知り合いがいるとかで、そこはどうかという話だった。古い家だし格安で貸してくれるのだそうだ。 「どーする」 家探しについて流川は本当に希望がないらしく全部俺次第のようだった。 「一軒家って?」 「そー」 「そして庭付き?」 「そー」 「へえ」 俺はそんな家に住んだことがない。興味が湧いて、「見てみてえ」と希望した。 「わかった」 流川はすぐにスタッフに電話をかけ直して、見学の話をつけてくれた。相手も相当に動きが早く、それから三十分後に現れた。髪の短いハキハキした女の人で、森の小川のような人だった。 早速案内されたその家は候補にしていたマンションから近いところにあった。古い家だったが、日光がしっかり当たる平屋で、一目で気に入った。部屋数も多そうで、車も敷地内に止めることが出来て、なんといっても広い庭が良かった。これならキュウリもトマトも育て放題だ。他の野菜だっていけそうだ。 「草取りは大変そうですねえ」とスタッフさんの声が聞こえたが、むしろ俺は燃えた。抜くぞお! 家の中に入ると、玄関の土間には何やら洒落た青色のタイルが敷いてあった。 「モダンですね」とスタッフさんのセリフに、なるほどこれがモダンかと納得する。廊下の右側に畳の部屋が見えて、その部屋の奥にもう一部屋ありそうだった。廊下の左側にはトイレと風呂があるのを確認した。風呂は広くって、これなら二人で入れるかもしれないとちらっと思った。流川を見ると目があったので、もしかすると流川も思ったのかもしれない。思っていないかもしれないけど。廊下を抜けると白い壁の居間があった。その部屋がとびきり良かった。 「おお、明るい」 大きな窓からは広い庭が見えて、眺めも良い。 「ステキなお部屋ですね!」 スタッフさんと盛り上がる。居間に隣接して台所があった。広い台所は、まるで作業場のようだった。 「料理し放題だなあ」 「広いですよねえ……いいですねえ……」 このスタッフさんとは気が合う。 「うちは子ども二人にダンナと犬もいるから、狭いんですよ……最初はそんなこと思わなかったんですけど、住んでみると狭くなっていくんですよね。こんなに広いの羨ましいです。絶対大当たりですよこの家」 「ですよね」 「おふたりともスペシャル級に大きいですけど、この台所だったら並んでご飯とか作れますね」 俺と流川の関係は、流川がすでに伝えているようだ。 「こいつは食べる専門です」と流川に親指を向けると、流川も頷いた。それを見てスタッフさんが笑う。 「桜木さんっていつ頃こっちに移られるんですか?」 「五月頃ですかすね」 教員採用試験の出願時期がその頃なのだ。 「まだちょっと先ですね」 「ですねえ」 「桜木さんが来るまでの間、流川さんはご飯とかどうするんですか?」 実はそれは大きな問題だった。 「おまえ、どうするよ」 俺とスタッフさんの視線を受けた流川は、「どーにかする」と言った。 あまりに熱のない反応に、スタッフさんと顔を見合わせる。 「この辺って定食屋とかあるんですかね」 「あると思いますけど……誰かに声かけましょうか? お手伝いさん的な……あ、知り合いに家事のプロがいるんですよ。伝説のお手伝いさん」 「なんすかそれ」 「うちのマンションの上の階に住んでいる人なんですけど、若い頃から色んな家のお手伝いさんをしてた人で。すごく優秀な大学を出たらしいんですけど、学業の道には進まず、家政の道を選んだ人なんです。なんでですかって聞いたら、そっちの方が稼ぎが良かったからって」 実利的な人だ。 「もう引退されてるんですけど、この前お嬢さんに会った時に最近暇だって言ってるらしくって、あ、お子さんも二人いるんですよ。その方に声をかけてみましょうか」 「どうするよ」 「いい」と流川が首を横に振った。 「でも、お前料理とか掃除とか出来ねえだろ」 「できる」 いや出来ないだろ、とは言わなかった。ちょっとこいつはその辺に謎のプライドがあるのだ。自分は家事ができると思いこんでいる。俺からすると全然出来ねえんだけど……。 「気になったら言ってくださいね。わたし、聞いてみるので」と顔の広いスタッフさんは言った。 「それで、家、どうします?」 「ここっていいな」流川に言うと、「気に入ったんか」と聞いてきた。頷くと、流川はスッタフさんに向き直って、「お願いします」と頭を下げた。そんなことできるのかと感動した。流川をかっこよく思った。スタッフさんは「絶対良いと思いますよ!」と言いながら、早速知り合いの人に電話をかけていた。結局、その日のうちにその家に住むことが決まった。まさか一日目で家が決まるとは……。決まる時ってトントン拍子なんだな。 流川は大分にいることが増えていたので、すぐにでも暮らせるように、残りの二日で暮らしに最低限必要な家電や日用雑貨を揃えに行こうということになった。 夜はホテルでふたりでのんびり過ごした。ヘッドボードに背中を預けてテレビを見ていると、流川が足の上に頭を乗せてきた。その頭を撫でながら、「家すぐ決まってよかったよな」と声をかける。 「ああ」 「俺あの庭で自給自足生活を目指す。耕す!」 「……たがやす」 流川が復唱している。それからふと思い出した。 「なあお前やっぱ頼んだほうが良いんじゃねえか? 伝説のお手伝いさん」 「なんで」 「だって、おまえ、家事できな、じゃなくって、してる時間がねえだろ……やろうと思えば出来るんだろうけど」 俺なりに言葉を選んだのが功を奏したようで、素直な、物分りの良さそうな視線を寄越してきた。 「テメーはそれでいーんか」 「どういう意味だ」 (つづく)