森のむこうにⅡ -東へ西へ-
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*イベント会場での価格とは異なります。 ・発行予定日:2023年5月4日発行 ・サイズ:68ページ、新書サイズ ・送料:370円(匿名配達です) あらすじ:「森のむこうに」の続編です。しっかり両思いになった花流の二人が旅をするシリーズで、今回は山王編です。下にサンプルを掲載していますので、ご一読ください。 表紙とイラストは、へろへろさんに描いてもらいました。 https://twitter.com/heloheloheeeee
Sample
1 二人は今、岩と砂と空しか見えない土地を進んでいました。目指すは東にあるトヨタマです。 「馬はどうだ?」 花道が振り返り、愛馬のサクラの様子を尋ねてきました。楓は体を少し右に傾けてサクラの様子を窺いました。しっかりした足取りと落ち着いた顔つきです。大丈夫、と頷くと花道も頷きを返してきました。花道の頭にかかった布が揺れます。日差しの強いこの地に入る前に揃えたものです。 「俺のナイスも元気だぞ」 また呼び名が変わっています。花道の馬の正式名称はヤミヨノトモシビですが、自分で命名したくせに長過ぎるという理由でたまに名前を変えて呼ぶのです。今はナイスのようですが、さっきまではテンサイでした。 「殺風景だよなあ」 同感です。本当にここはなにもないのです。赤い土にゴツゴツした岩、ぽつぽつとまばらに生えた低木、珍しい動物たち、最初の方は見慣れない景色を珍しく思っていたのですが、三日も続くと飽きてきました。同じ風景ばかりが続く味気ない場所なのです。 「センドーが言ってた危険も感じないよな」 センドーというのは、リョーナンのアキラ王子のことです。リョーナンを出る前にアキラ王子は国境まで見送りに来てくれました。旅立つ二人に食べ物や必要なものを渡してくれました。また旅の情報もくれました。目的地のトヨタマはリョーナンからだと海を渡れば早いのですが、ふたりは馬と旅をしているので海を渡らず、大陸を移動する方法を選んだのです。 「船で渡るルートはもう通ったから、今度は陸を行くぞ」 サクラとヤミヨノトモシビを交互に撫でながら花道は言いました。その姿を見ながら、馬と離れがたいのだろうなと楓は思いました。なぜなら楓がそうだからです。 「あ、街が見えてきたな」 不思議なもので、そろそろ休みたいなと思い始める頃に集落が見えてくるのでした。 「やったな。今日も宿に泊まれるぞ」 街に入り、宿の値段を聞いて回って二番目に安い宿に決めました。その宿にしたのは食べたことのない夕飯にありつけそうだったからです。宿に着いて、頑張ったサクラに砂糖菓子をあげて「よくやったな」としっかり褒めました。隣で花道も同じようにしています。花道は動作が大きくて、首を掻いてやる力も強めですが、ヤミヨノトモシビは嬉しそうに受けています。相性の良いコンビです。花道とヤミヨノトモシビは出ている空気が似ているのでした。馬を繋いでから二人はまっすぐ食堂へ行きました。とてつもなくお腹が空いていました。テーブルにつくと少ししてから、夕飯が出てきました。四角く切った肉に串を刺して焼いたものです。花道が楓を見てきました。その目には「またか」と書いてありました。 「俺たちずっとこれ食ってるよな」 串刺しにされた肉を食べながら花道が言います。楓も頷きました。どの宿でも名前を変えてこればかり出てくるのでした。今夜こそはと思いましたが今夜もやっぱり同じものでした。 「贅沢は言ってらんねえけどよ……鶏か? これ」 楓は頷きました。 「あー……魚が食いてえなあ……っていうか水に浸かりてえよ、頭っから水浴びしてえよな」 同感です。リョーナンを出てから林を抜けて、川を渡りその後はもう五日くらい延々と乾いた大地を進んでいます。体全体がすっかり乾いているのでした。 「お前といたあの森の湖は最高だったよな」 「ああ」 「あの湖って宝だよな」 「ああ」 「水も美味かったし」 「うまかった」と楓も頷きます。 花道は向かいで「あー泳ぎてえ」と言っています。花道は色々と足りなさを感じているようでした。でも楓はこの足りないだらけの不自由も含めて、この旅を楽しんでいました。こんな風に何かを懐かしんだり何かを欲したりすることなど今までなかったのとても新鮮なのでした。また花道が欲しがるものを自分も同じように欲しいと思うことも面白いと思っていました。あの森の小屋で花道の旅の話を聞いていた時、いつも想像で聞いていました。でもその想像の旅を今、自分は実際に体験しているのです。そしてなんといっても、花道といることがすごく楽しいのです。 夕飯を食べ終えて部屋に入ると、花道はフーっと大きく息をつきながら、布を止めていた輪っかを頭から外しました。赤い頭が出てきました。楓も一緒に外しました。頭が軽くなった気がします。 「これがないと絶対頭が燃えてるよな」 「ああ」 「でも頭が窮屈だ。早くこれがない土地に入りたいな」 貴重な水に手ぬぐいを浸して顔や体を拭いて、背中は互いに拭き合いました。一日の汚れを落とした後、ベッドに乗り上げて荷物の整理を始めます。何かあってもすぐに動けるよう、常に荷物をまとめておくのが旅の極意だそうです。楓も散らかし屋ではないのでそれに倣っていました。 「明日の朝も水をいっぱい入れておこうな」とひょうたんで出来た水筒を振っています。楓も一緒になって自分の皮製の水筒を振りました。 「今はこの辺だぞ」 花道が地図を持って楓のベッドにやってきて、勢いよく腰を下ろしました。ベッドがミシッと音を立てます。 「この町はここだな。トヨタマまであとちょっとだ」 花道が指差す星印を楓も一緒になって覗き込みます。星が四つ並んでいて、花道の指は一番右の星印を指していました。この星印はリョーナンを出る前に「このルートで行くのが最短だ」とアキラ王子が付けた印です。これからどんどん暑くなるからはやく渡り切るように言われました。それから、「この地域は気をつけろ」と地図の上のあたりにサーッと斜線を引き、危ない場所も教えてくれました。アキラ王子が引いた斜線の辺りは周辺の国々が自分のものだと主張しあっている地帯だそうです。 「結局、どの国のモンでもないってことか?」 「そうなるな」 「リョーナンも主張してるのか?」 花道が尋ねると「俺ンとこは傍観」とアキラ王子はウインクをしました。 「結構ピリピリしてるから、迂闊に踏み込むなよ。特にお前は赤毛のサクラギだからね」とアキラ王子は言いました。言われた花道が「その名前で呼ぶなって言ってるだろ」と口を尖らせています。「赤毛のサクラギ」は花道の危険な通り名のようです。 「上のこの、北の大国な」とアキラが地図の上のあたりをポンポンと指でつつきました。 「ヤマオーか」 「サンノウな。最近下りてきてるって噂だから気をつけろよ。サクラギだってバレたら面倒だ」 「面倒ってどういう意味だ」楓が尋ねると、「こいつはつい先日、賞金首になったんだ」とアキラは花道を指しました。花道が不服げな顔になります。 「不名誉だ。言っとくけど、俺に後ろめたいことは何一つねえぞ」 「そうだろうけど、とにかくお前は有名人なんだから。下手に目立つなよ」 「わーってらい」 「ルカワも気をつけろよ。こいつを連れて行かれないように」 今度は楓に言ってきたので、楓も「わかった」と頷きました。 「ヤマオーってどんな国なんだ」 「うーん……謎に包まれた国なんだよな。広大な土地と最強の騎馬隊を持っていて」 「最強の騎馬隊? おまえンとこより強いのか?」 「俺のとこもすごいよね」とアキラ王子がウンウン頷いています。 「代が変わっていよいよ存在感が増してきてる。とにかく、お前らはそういうことには関わらず、ひたすらに東だ」 ここまで言われると楓もしっかり心しました。 「東ってどっち」 楓が言うと、「良い質問だ」とアキラ王子が言いました。教師のような物言いです。 「お前らに餞別があるんだよな」と言いながらズボンのポケットから鎖のついたものを取り出して、楓に渡してきました。金色の枠に文字盤がはめられていて真ん中に針が浮かんでいます。 「なんだ? 時計か?」花道も楓の手元を覗いてきました。