「森のむこうに 楓王子のお話」改訂増補版
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*この本は2015年に発行した「森のむこうに」の改訂増補版となります。 ・発行予定日:2021年11月27日発行 ・サイズ:128ページ、新書サイズ ・送料:370円(匿名配達です) ○収録されているお話 ①「森のむこうに」(60ページ、2015年作・若干修正を加えております) ②「続・森のむこうに」(60ページ、2021年作・新作書き下ろし)です。 あらすじ:ショーホクの楓王子が、森の小屋で謎の旅人・花道に出会って、あっという間に恋に落ちるお話です。本編と続編のサンプルを長めに載せています。ぜひそちらを読んでみてください。 表紙とイラストは、へろへろさんに描いていただきました。 https://twitter.com/heloheloheeeee
「森のむこうに」(2015)sample
森のむこうに 楓王子のお話 1 むかし、あるところにショウホクという小さな王国がありました。海と深い森に囲まれたこの国は国土は小さいですが、高価な鉱物が採掘される豊かな国でした。ショウホクには楓という名のあと少しで十七歳になる王子がおりました。この王子は王様自慢の息子で体格は立派で堂々としていました。真っ黒な髪に真っ黒な瞳が印象的で、見目麗しく、無駄なことは話さない寡黙な王子でした。このお話はそんな王子のお話です。 楓の朝は愛馬のサクラを見に行くことから始まります。サクラは葦毛の馬で楓の大事な相棒です。カエデが十歳の頃に森で見つけた馬でした。サクラという名は庭師のおじいさんが付けたもので、遠い異国の地で育つ木の名前だと教わりました。楓は朝早くに起きて厩舎に行きサクラに飼い葉をやって、たくさん撫でます。その後、朝食を食べて勉強をし、午後は昼食を持ってサクラに乗って城を出て見回りをします。見回りから帰ると夜食をとって、それからまたサクラの顔を見に行きたくさん撫でて、そして寝ます。楓の暮らしはその繰り返しでした。十四歳までは一日中サクラを見ていても許されましたが、十五歳になってからは「見回りをしなさい」と言われるようになりました。領地を回るのは領民が健康で仲良く暮らしているかを確認するためでしたが、楓はあまり見回りが好きではありませんでした。というのも、何を見たら良いのかよく分からなかったのです。お付きの者がいた時は仕方なく見回っていましたが、十六才になってからは楓は一人で行動することが許されるようになり(楓はとても強かったので守ってくれる者などいらなくなったのです)、そうなるともう見回りはせず森へ行くようになりました。この国の森はとても深く、国土の半分以上を覆っていました。あまりに広すぎて毎日森に行く楓でも、この森のほとんどのことはよく知らないのでした。 その日も午前の歴史の勉強をすませた後、楓はいつも通りじいに準備してもらったサンドウィッチを持ってサクラにまたがりカッポンカッポンと森へ出かけて行きました。森には湖があって、楓はこの湖がお気に入りでした。水が澄んでいてとてもおいしいのです。サクラも大好きなようでいつも二人で飲んでいました。楓はこの湖のそばで木に寄りかかって昼寝をするようにしていました。起きたらすぐ水が飲めるからです。でも、今は冬が始まる頃でしたので、楓は湖のすぐそばにある小屋で過ごすようにしていました。ショーホクは気候の穏やかな国で雪もめったに降りませんが、冬はさすがに寒いのです。森の小屋は楓にとってとても落ち着く場所でした。ひとりっきりで好きなように過ごせるからです。城にも自分の部屋はありますが、広過ぎましたし、そして大人たちが何かと世話を焼いてくるので楓にとってはあまり落ち着ける場所ではありませんでした。その点、小屋は適度な広さで、その上誰にも口出しされず自分一人で好きなように過ごせます。もちろんなんでも自分でやらなければいけませんが、やれることしか望まない王子なので不自由はありませんでした。 湖に着いて、いつも決めている木にサクラをつなぎました。砂糖を少しなめさせてから、冬毛が出てモフモフしているサクラの首に腕をまわして顔を寄せると、サクラも顔を寄せてきます。首のところを掻いてやってから、自分は小屋の入り口に回りました。 小屋の入り口に立つと、中から口笛が聞こえてきました。誰かいるのかとドキッとしました。警戒しながら戸を開けると小屋の中が暖かくて、楓は驚きました。レンガ造りの暖炉にもう火が付いていたのです。いつもは自分がやることでした。中を見回してみると、ひょいっと赤いのが動きました。動いたのは赤毛の人間の頭でした。赤毛男は自分を見つめていました。楓も男を見つめ返しました。年の頃は自分と同じくらいでしょうか、自分の国の服ではないものを身につけています。自分を見つめるふたつの目はハシバミ色でこの辺ではあまり見ない色でした。楓はこの小屋に知らない人間がいたことに驚いたのですが、森の小屋は皆のものと教えられていたので、赤毛の男を追い出そうとはしませんでした。 外套と乗馬帽をコート掛けに掛けてから持っていたサンドウィッチの包みを木製のテーブルに置いた時、テーブルの上に書くものと紙が見えました。これはこの赤毛男のものかなと思いながら包みを広げてサンドウィッチを出していると、「俺にその食いものをくれ」と聞こえました。驚いて赤毛男を見ると、いばった顔をしてふんぞり返っていました。着ているものは違っていても言葉は同じようでした。サンドウィッチは全部で四つありました。一つくらいあげても良い気もしましたが、とてもおなかがすいていたので一つもあげたくないなと楓は思いました。それにこの赤毛の男はなんだかとても横柄です。欲しいくせにえらそうです。ですので楓はあげないことにしました。プイッとそっけなくしてサンドウィッチを一つ手に取りました。卵とチキンとトマトが入ったものです。 「俺にも寄こせ!」とまた聞こえてきました。 いやです。知らんぷりをしていると、「お前のものでもないくせに」と聞こえてきました。 ムッとして「俺のだ」と言うと、ハンっと鼻で笑われました。 「大層な服を着て、立派な馬に乗って、こんな時間にのん気に散歩しているくせに! お前はこの国の大貴族だろう。言っとくがお前は何一つ持っていない。その食い物は領民が朝から晩まで汗水たらして耕した畑でできた小麦や野菜だ。それをお前ら貴族はかっぱらってるんだ。お前らはなんにもしてない。やってることは横取りだけだ!」 大変いやなことを言われました。ムカーッと来ましたが同時に、確かにそうだなとも思いました。ムッと来てスッとする変な気持ちになりました。そんなことを自分に言う人間に初めて会ったので楓はとても新鮮に思いました。けれどもなんにしたって嫌な奴だと思ったので絶対にサンドウィッチをやりたくないと思いました。それで、これ見よがしに赤毛男に向かって大きく口を開けてサンドウィッチを一口食べました。赤毛男は渋い顔をしました。 「ちっ。そうかよ、ひとり占めかよ、ケチンボめ。俺は死ぬほど腹が減っているのに。じゃあいいさ。お前が乗ってきたあの馬を殺して食ってやる」 楓の顔から血の気が引きました。 サクラは子馬の頃から大事にしてきた馬でした。怪我をしたのを見つけて連れて帰ったのです。それから毎日毎日毛を梳かして飼い葉をやって可愛がってきました。もしサクラが殺されるとしたら、殺していいのは自分だけです。他の誰にもさせませんし、間違ってもこの赤毛男ではありません。しかしこの男は見るからに乱暴そうです。このままにしておくと本当にやりかねません。今はやらないにしてもいつかどこかでやるかもしれません。真っ青になって「だめだ」と立ち上り、言われた通り、サンドウィッチを一つやりました。すると赤毛の男はニヤッと笑って、「もうひとつ寄こせ。四つあるじゃないか。ふつうは分けると言ったら半分半分だろ」と言いました。なんて厚かましい男だと思いましたが、サクラの身を思ってしぶしぶもう一つやりました。 「よしよし」と言って赤毛男は受け取りました。そしてあっという間に食べました。本当におなかがすいていたようで、椅子にも座らず、地べたに胡坐を組んで食べました。床で食べ物を食べるなんてことは楓の国では絶対にやってはいけないことでした。行儀が悪い者がすることと小さな頃からきつく言われていたのです。けれど、赤毛男があまりに堂々としていて、それにとてもおいしそうに食べていたので楓は行儀が悪いとは思いませんでした。 「はー、ひさしぶりにまともなものを食った。そしてうまかった」 楓もおなかがすいていたので、椅子に座り直して食事を再開しました。 急に赤毛男がその辺にあった水差しを手にして立ち上がり、小屋を出て行きました。どこへ行ったのかなあと思っていると、キイッと戸が開いて「水を汲んできた」と戻ってきました。湖から水を汲んできたようでした。戸棚から木のカップをふたつとりだして、汲んで来た水を注ぎました。楓にも入れてくれました。 「俺は花道。自分の国を出て半年、あちこち放浪しているんだ。そして俺は、」 赤毛男は唐突に自己紹介を始めましたが、楓は最初のところから引っかかりましたのでおしまいまで聞きませんでした。放浪。ぶらぶらしている。つまり働いていない。さっきこの花道という男は、楓のことを働かないで人の物を奪って生きている略奪者のように言いましたが、自分だってやっていることは同じじゃないかと思いました。なんせ自分を脅して昼飯を奪ったのですから。 「お前も俺と変わらないじゃないか」と言うと、花道はキョトンという顔をして、すぐに意味が分かったのか大きな声で「本当だな」と笑い始めました。「俺が言ったことを気にしてたのか」と言ってまた笑いました。笑うと印象が変わる男でした。 「お前はパンをくれたから。もうあんなこと言わないでやる。馬も食わないぞ」 ほっとしました。サクラも無事だし、嫌なことも言われなさそうです。ああいうことを何度も言われるのはいやです。 「昨日の夜、旅の途中にふらふらとあの湖に誘われてこの小屋を見つけたんだ。いい小屋だな。気に入った。こぎれいにしてあるから誰か使ってるんだろうなとは思ったけれど、まさか、お前みたいなのが現れるとは思っていなかった。もっとクマみたいなやつを想像していた」 花道はそう言って、楓を楽しそうに眺めてきました。 「そうだお前、なんか俺にしてほしいことないか? 食べ物を分けてくれたお礼に、俺はお前に何でもしてやるぞ」 そう言われて楓は考えましたが、何もありませんでした。ですので「何もない」と言うと、「そうか」と言って、花道はごろんと寝転がりました。 「なんか思いついたら言え。いつでもなんでもしてやるからな」 それから寝息が聞こえてきました。花道は寝たようでした。楓はしばらく花道を見ていました。こんな人間は周りにいなかったので珍しく思いました。さっきの口ぶりからすると、もうしばらくこの男はこの小屋にいそうです。 眠る花道を見ているうちに楓も眠たくなってきました。本当は花道のように横になって寝たかったのですが場所を占領されていましたし、実は城の外であんな風に大の字になって寝たことがありませんでした。自分もいつかああやって寝てみようと思いながら、楓もテーブルの上に腕を折って眠りました。 2 次の日の午前の勉強の時間、楓は数式を解くふりをしながら花道はまだあの小屋にいるかなあと考えていました。昨日の言い方だと、花道はしばらくあの小屋にいそうでした。それで今日はちょっと多めにサンドウィッチを包んでもらってから、サクラに乗って森へ向かいました。 小屋に入ると花道はいませんでした。でも暖炉に火はついていたので、花道はまだどこか近くにいるんだと思いました。テキパキとコートと帽子をコート掛けに掛けて、テーブルについてサンドウィッチも食べず花道が現れるのを待ちました。しばらくすると勢いよく戸が開いて「おーさぶっ!」と裸の花道が現れました。本当に素っ裸でした。片方の手には先の尖った長い棒、もう片方の手には串の刺さった魚を持っていました。花道の姿は歴史の教科書の最初の方で見る絵のようでした。花道は、楓を見ると「よお」と挨拶して暖炉の前に移動し、それからしゃがんで火の前に魚の刺さった串を立てました。お尻が見えました。楓は他人の裸を初めて見たというのもあって、花道の体に目が釘付けになりました。特に背中を見つめていました。広くて滑らかで、触ってみたくなります。それにしても、どうして花道は裸なのでしょう。魚を捕っていたから裸なのでしょうか。魚を捕る時、人は裸になるのでしょうか。楓の視線に気づいた花道はニッと笑うと、投げてあった服を上からかぶりました。花道の裸が隠れて楓は少し残念に思いました。花道の裸は綺麗でしたのでもっと見ていたかったのです。花道の服は大きな袋みたいなものをかぶるだけのもので、簡単そうで楓はうらやましく思いました。自分はあれこれ着ないといけないのです。 「さすがに冬の水は寒いなあ。心臓止まるかと思った。でも捕れた。お前が来るかなあと思って多めに捕ってきた」 自分のもあると聞いて嬉しくなりました。自分もサンドウィッチを持っていたのを思い出したので包みを広げて花道の分を三つ渡すと、花道が「くれるのか」と驚いた顔をしました。それから「ありがとう」と照れくさそうに受け取って、昨日と同じように床にあぐらをかいて食べ始めました。自分は椅子で食べました。 「最初は竿で釣ってたんだけど全然かからないから、潜ってやった。ずいぶん深いところにいたぞ」 花道が裸だった理由が分かりました。冬に裸で湖に入るなんて楓は想像したこともありませんでしたが、いつかやってみたいなと思いました。 花道の話を聞いているうちに魚の焼ける匂いが部屋に漂ってきて、サンドウィッチを食べていても美味しそうに思いました。「さあいいぞ」と串ごと魚を渡されました。フォークもナイフもないし、あったとしても食べ方が分かりません。どうするんだろうかと花道を見ると、かぶりついていたので楓もまねをしました。とても美味しくてびっくりしました。すぐに食べてしまいました。もう一本欲しくなったので、そう告げると、もう一本くれました。それも食べ終えてまだ食べたいのでまだ欲しいというと、最後のは自分のだと花道は言いました。でも楓も食べたかったので、欲しいと言いました。駄目だと言われます。欲しい、駄目だ、ほしい、だめだと言いあううちに取っ組み合いのケンカになりました。花道はとても強くて勝てませんでしたが、楓もとても強いので負けませんでした。 「お前! 貴族のくせに! なんって意地汚いんだっ!」 はあはあと息を切らしながら花道が言っています。 「毎日うまいもん食ってるんだろうが!」とも言われました。 けれど魚がとても美味しかったのです。こんなに美味しいものを食べたのは初めてだったので、もっと食べたかったのです。それに最近は城も食糧が少なくなっていたのです。花道に叫ばれるほど美味しいものを食べているわけではありませんでした。 怒っていた花道が残りの魚を食べ始めました。それを楓は恨めしげに見つめていました。魚の刺さった串は全部で五本ありました。分けるなら、二本と二本で残り一本は二人の物だと楓は思いました。それなのに花道はひとり占めをしています。昨日、自分はちゃんと半分渡しました。渋々でしたが半分、渡すのは渡しました。花道はやっぱりいやな奴だと腹立たしい気持ちでいると、少しして「仲直りしようぜ」と言いながら花道は食べていた魚を寄越してきました。花道の食べかけでしたが、楓は受け取りました。「一口ごとに食べよう」と言われたので、楓は頷いて一口食べました。やっぱり美味しいなと思いました。あんまり美味しくて気づいたら四口くらい食べていました。あ、という顔をすると花道は笑いました。 それから楓は小屋に行くのが楽しみでしかたなくなりました。小屋にいると花道がいて、自分を迎えてくれます。これまではいつも一人だったし、一人が良いから行っていたのですが、花道といることは一人でいるよりも楽しいことでした。花道は意地の悪いことを言うし楓も花道が相手だと手が早くなってしまって、ふたりはしょっちゅうケンカをしました。でもいつも仲直りがついて来ました。ケンカをして仲直りをすると、次はもっと近付く気がして、楓はケンカをするのは嫌いではありませんでした。 ある日、湖に水を汲みに行った花道がふて腐れて戻ってきました。顔に傷がついていました。どうやら、サクラに乗ろうとしたところ、暴れられて落とされて蹴飛ばされたようでした。 「勝手なことをするからだ」 「・・・・・・乗りたくなったんだよ。いい馬だな」 楓は嬉しくなりました。サクラには自分以外誰も乗せたことはありませんが、自分と一緒なら花道も乗せて良いかなと思いました。 「乗せてやる」と言うと「いいのか!?」と花道は喜びました。 「ついでに町まで連れて行ってくれ。手紙を出したいんだ」 楓は頷きました。花道はいつも手紙を書いています。故郷に仲間がいて、その仲間たちに手紙を書いているのだと言っていました。楓も花道の手紙が欲しいなと思いました。だって花道の手紙は面白そうです。でも、手紙がなくても毎日会えているのでそっちのほうが良いとすぐに思い直しました。 外套と帽子を持って外に出ると、サクラが嬉しそうにすり寄ってきました。 「ちえっ! えらい違いだ。鼻の下を伸ばしてやがる」 花道がまたふて腐れています。サクラの首を掻いてから、まずは楓が乗りました。その後、続けて後ろに花道が乗ろうとするとサクラがいやがって体を震わしました。それで花道はまた落ちました。 「人を選んでやがる!」 落とされたままの格好で花道が叫んでいます。その姿があまりに滑稽で楓は愉快な気持ちになりました。けれども楓は花道と一緒に乗りたかったので、サクラを説得するために一旦降りました。実は花道が落とされることは楓は分かっていました。でもサクラから落ちるくらいでは頑丈な花道がどうかなったりしないことを知っていたので、楓は花道をいやがるサクラの気持ちの方を大事にしたのです。サクラの前に回って、この男も乗せるんだぞと伝えるとサクラは聞き分けの悪い顔をしました。もう一度、もっと愛情を込めて伝えると、今度はサクラは分かった顔をしました。 「お前、馬の言葉が話せるのか」 花道が驚いていますが、そんなわけはありません。ただ、サクラと分かりあってるのです。持っていた乗馬帽を花道にかぶせて、先に乗らせました。サクラはいやがらずじっとしていました。えらいぞ、とサクラを褒めて、自分も花道の後ろに乗りました。後ろの方が揺れるので上手な人が後ろに座るのです。花道は前でしきりに「馬、高いな!」と感動しています。それからゆっくりとサクラを歩かせました。「動いた動いた!」と喜んだ声をあげています。騒々しいですが悪い気はしません。いつもよりずっとゆっくりとした早さで、町の方までサクラを走らせました。花道はその間中、感嘆の声をあげていました。「馬! おまえ、すごいぞ!」と言っていました。花道に褒められてサクラも悪くなさそうでしたし、楓も上機嫌でした。帰り道はもっと速さを出そう、そうしたらもっと花道は喜ぶだろうと考えていました。 森を抜けて傾斜が緩くなり、そろそろ町が見えてきたところで、「ここで降ろしてくれ」と花道が言いました。なぜだろう、と思いながらもサクラを止めて、花道を降ろし自分も降りました。 「貴族なんかと一緒にいるところを見られるのは困るからな」 花道はたまにこういうひどいことを言うのです。楓はムッとして、同時に心臓がギュッと痛くなりました。その途端サクラが暴れだして花道は蹴られて倒れました。さすが相棒です。花道が苦笑いを浮かべて、「本当にすごいなあこの馬」と立ち上がりました。被っていた乗馬帽を脱ぎ楓に渡してきました。楓は怒っていたので受け取りながらも花道の方は見ませんでした。 「ここまで送ってくれたことは感謝する」 感謝している人間とは思えない横柄な言い方です。続けて「帰りは歩いて帰るから大丈夫だ」と言いました。さらにつまらなく思って顔を背けると、花道の笑う気配がしました。それから急に花道が顔を近づけてきました。びっくりして見ると、唇にキスをされました。軽く触れるだけのものでしたが、感触ははっきりありました。楓が驚いていると花道は照れたように笑いました。「お前があんまり可愛いから」と言いました。そして「じゃあまた明日」と手を振って花道は町へ降りて行きました。
「続・森のむこうに」(2021)sample
「続・森のむこうに」(2021)sample ※このサンプルには本編(2015)のネタバレが含まれます。ご注意ください。 愛馬のサクラのブラッシングをしていると薪を割っていた花道が声をかけてきました。薪割り台に腰掛けて自分を見ています。初めて会った頃に比べて花道の髪はずいぶん伸びてました。薪割りのような作業をする時は邪魔になるのか後ろで一つにしばっています。楓はその姿を見ると早く夜にならないかなあと思うのでした。 「そろそろ旅に出れそうだな」 待っていた言葉でした。頷くと、花道はにっこり笑いました。旅の行き先は花道の故郷です。楓が怪我で寝込んでいる間、花道がいつも聞かせてくれていました。故郷の仲間たちや美味しい食べ物のこと、花が綺麗で川がたくさんあること、そういう話をしてくれました。花道の生まれた場所は森からずっと東にあります。海も越えなければならないそうです。「長い旅になるぞ」と花道は脅かすように言っていましたが、楓はむしろワクワクしていました。長ければ長いほど花道との楽しい時間が増えるからです。ワクワクした気持ちでサクラにブラシをかけると、サクラが気持ち良さそうな顔をします。 「お前がそれやってるの、好きなんだよな」 ブラッシングのことを言っているようです。 「馬は気持ちよさそうだし」 薪を拾い上げながら花道が言います。 「俺がされてる時のこと思い出す」 ニヤッと笑って、たくさんの薪を抱えて花道は小屋の裏へと回っていきました。きっと夜のことを言っているのでしょう。ブラシこそかけませんが、夜になると二人はいつもくっついて触り合っていますから。 *** 「馬がほしいんだよな」 その日の夜、花道が言いました。サクラ一頭に自分達二人を乗せて移動するのは無理があるというのが花道の考えでした。頬杖をついて、眉間に皺を寄せて何やら思案げです。テーブルの上で、ろうそくの炎がゆらゆらとしています。 「お前に会うまで馬が欲しいだなんて思ったこともなかったけど・・・・・・馬っていいよな」 花道の言葉が嬉しくて、ガタゴトと音を立てて座っていた椅子ごと花道に近付きます。 「馬って、買うとなるとどれくらいするんかな」 花道が聞いてきましたが、楓は知りませんでした。花道も答えを期待していなかったのか気にせず話し続けます。 「高いだろうなあー・・・・・・旅の途中で野生の馬をつかまえてる奴らを見たことあるけど、乗っては落とされ、乗っては落とされ、何度も何度も挑むんだ。無傷じゃいられなさそうだった・・・・・・その辺は俺は楽したいんだよな。飼いならされたのが欲しい」 花道は案外合理的なところがあって、そういう挑戦はしないようでした。 「馬の他に俺らが食っていく分の金もいるな」 そうなのか、と楓は口を挟まず頷きます。花道は少し黙った後に「よし!」と言いました。 「まずは金を稼ごう。目的その一、馬を手に入れるため、目的その二、俺らが食ってくため、だ」 楓はしっかり頷きました。 「お前って働いたことあるか?」 実はありませんでしたが「働ける」と楓は言いました。 「ホントかよ。雇い主の言う通りにテキパキ動くんだぞ。命令口調で言われるんだ、アレシロコレシロって。そんで、へえ、へえって答えるんだぞ。箱入り息子のお前に出来るか?」 「出来る」と楓は言いました。花道が「ホントかぁ?」と首を傾げています。自分の言うことを信じていないようです。ムッとしながら花道の脇腹をつねると、花道が笑いながら身をよじりました。 「まあいいや。お前の働く働かないはその時考えよう」 花道がクタクタになった地図を広げ、人差し指でルートを示していきます。 「まず森を北側に向かって、抜けたところにリョーナンがあるから・・・・・・あの昼行灯の国だな」 アキラ王子のことです。花道はアキラのことを妙なあだ名で呼ぶのです。 「森を出てすぐのところに、良い町があるんだ。ここでしばらく働く。金がたまったらリョーナンを出て、海を渡って、いや、馬とだと海は無理か? どうなんだろうな。まあだめならぐるっと回ろう。リョーナンの後にトヨタマに入って、そこからは陸続きで俺の故郷を目指すんだ」 色々と書き込んである地図を眺めていると、「俺の故郷はこっちだぞ」といつものように花道が生まれた土地を指しました。森からずいぶん離れたところにあって、この地図を見るといつも花道は遠くから来たんだなと楓は思うのでした。 「大冒険になるぞ!」 楓も頷きます。 「よし、この計画を記しておこう!」と手帳を広げました。手帳は綴じが切れているようで、いつも書き始める前にトントンと机で紙を揃えます。今日もそれをしてから、ペンを持ちました。花道は旅の記録をつけているのでした。何か楽しいことや珍しいことをすると記録していくようです。「いつか本にする」と言っていて、輝く顔で何か書きつけていきます。本になったら楓も読んでみたいと思っていました。そんな顔で作っているものは楽しいものに違いありませんから。花道が夢中で書く隣で、楓は静かに立ち上がります。サクラの顔を見に行く時間です。楓は楓でやることがあるのです。 楓が現れるとサクラが嬉しそうに鼻を鳴らしました。首を掻いてやるとすり寄ってきます。水桶を持って湖に行き、水を汲みながら旅のことを思っていました。森を出て知らない場所を目指すというのに、楓は全く不安なことがありませんでした。何もかもうまくいくように思えていました。早く旅がしたいです。花道とならきっと楽しいでしょう。桶をサクラの前に置くと、サクラが顔を入れて水を飲みだしました。サクラにお休みを言って楓は小屋に戻りました。 小屋に入ると花道が敷物を広げて寝る支度をしていました。厚みのある敷物は花道がどこかから調達してきた物です。着ていたものを脱いで下着だけになると、花道はテーブルのろうそくにフッと息を吹きかけてかけて炎を消しました。明かりは月の光だけになりました。 「旅に出たら野宿ってこともあるからな。お前、野宿できるか?」 花道を見ると、花道も自分を見ていました。真っ暗な中で花道の目がキラキラ光っています。 「できる」と答えると花道が笑う気配がありました。そのまま腕が伸びて来て抱きしめられました。楓も花道の背中に腕を回します。花道の広い背中は滑らかで楓はこの背中が大好きでした。手の平全部を使って撫でていると、花道の手が下に伸びてきました。今日は「する」ようでした。脱がそうとする花道を手伝うように楓も動きます。花道は何も着ずに寝るので脱がせる必要はありません。楓が全部脱ぎ終わると、花道は手をついて楓の上に覆いかぶさって来ました。最初に左の肩にキスをされて、その後、口にもされました。それからあらわになったお互いのものをあわせて擦りつけるように花道が動き始めます。家具が揺れる音がします。楓が手を伸ばしてふたりのものを握ると、花道が気持ち良さそうな声を出します。花道の息遣いと楓の声と、濡れた音が部屋中に響きます。花道が顔を寄せて耳元で楓の名前を囁いてきました。楓はそれであっという間に達しました。花道も楓の上で自分のものを擦りながら果てました。暗闇の中でもしっかり見つめあって二人はキスをしました。楓はとても満ち足りた気持ちで眠りにつきました。 2 二人は、出発の日の朝に荷造りをしました。二人とも持ち物が少ないので荷造りはあっという間に終わりました。花道は途中で食べる用に丸いパンにチーズを挟んだサンドウィッチをこしらえていました。それから変わった形をした水筒に湖の水を入れていました。ひょうたんで出来たその水筒は旅の途中で知り合った誰かにもらったものだと言っていました。花道はすぐに誰かと仲良くなる特技を持っているのです。小屋を出る時、花道は愛用の小刀で「ここにいた証だ」と小屋の柱に名前を彫っていました。
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本には、書きながらずっと見ていた楓王子、旅人の花道、アキラ王子(仙道)のイメージイラストと、「花道の地図」も収録しています。 2015年に書いた「森のむこうに」を読み返したら、「この2人のイチャイチャするのが読みたい!!」となりまして、それで続編を書くことになりました。自分のモエツボをめちゃめちゃ押しながら書きました。ぜひ読んでいただきたいです。どうぞよろしくお願いいたします。